超かぐや姫!が刺さった。
久しぶりにここまで刺さった。
日曜の夕方にNetflixに契約して見終わったら電子書籍でノベライズを買って読み終わり、サントラと劇中曲のアルバムをApple MusicでDLして翌日の行き帰りに聴き、休み時間は感想のブログやポストを読み漁り、帰宅中に信頼できるアニメ好きな友人に勧め、帰宅後に公式ガイドブックを読み終わった。火曜の朝にこの記事を書き始めた。おそらく今週末には2周目を観るだろう。火曜の夜にはコミカライズの無料公開分を読み終わりまだ続きを書いている。と思ったらデータが途中で保存失敗して2500文字分位消えた。悲しい。と思っていたがだいたい大筋の内容は書き直せた。大変だった。水曜もちまちまと書き進めて夜にはApple MusicでCPK!Remixの存在を見つけて喜んで一旦ブログの記事としては公開することにした。7500字位。
↑という感じなので正直かなりとっ散らかってますが勢いを殺さない様にあまりいじらずにそのまま載せてみます。
ここから下の文はだいたい書いた順です。
-------
分析とか考察をしている人はたくさんいると思うので、私が良かったと感じたところをただひたすらに書きたい。最初は観ていない人向けにネタバレ無しで書きたいが後半は思うがままに書くと思うのでその辺になったらまたアナウンスします。観てからぜひ戻ってきてください。
とにかく心地よい
つかみの映像、会話のテンポの良さ、戦闘シーンの迫力、ライブシーンの所作や表情、ダンス等等どこを切り取っても心地よいという言葉がしっくり来た。会話のちょっとしたギャグシーンもバリエーションが豊富で絶対に飽きさせないという製作側の思いを感じます。ちょっとしんみりさせる会話や序盤の何気ない会話も2周目には確実に違って見えるという自信もあります。戦闘シーンもこんなの好きじゃん!というかっこいいシーンが何度もありました。ライブシーンはVR空間の演出はさることながら、歌いながら笑ってしまうシーンや少しずつ変わっていく描写等見所が盛りだくさんです。
ただ手放しで褒めるのも逆に怪しいかもしれません。不満だったところを探したいですが今は脳を焼かれた直後で正常な判断ができません。強いていうなら綺麗に終わりすぎて続編が無さそうというところが不満でしょうか。また冷静になって追加したくなったら追加します。
ネタバレあり感想注意喚起
後から追加しようかと思っていたのですが、内容に触れて書きたい内容の方が圧倒的に多かったのでもうここから後半です。
ネタバレがあります。
まだの方は読まないで下さい。
雑多に連想したら思ったことを追記しているのでおそらくそこそこ怪文書です。
ネタバレあり感想
8000年て…。辛すぎますね。ただ本当に1人で孤独に過ごしていたのではなくて、描写もありましたが色々な方々に支えられて交流があったからこそ耐えられたのだなと思います。表面上は観客を楽しませるためにふざけていますが笑顔を張り付けていただけで本当に本心で笑えたのは打ち明けたあの日が久しぶりだったのかもしれません。
戦闘シーンで印象に残った好きなシーンはいくつかありますが、乃依くんがヤチヨを弓で打つところは良かったです。竹林に隠れながらのあのポーズ、最小限の所作で目を瞑ったまま扇で矢を弾く一連の流れが「そんなん好きじゃない人いないのでは!?」と思ってしまうレベルのかっこよさでした。
後はかぐやがハンマーに乗るシーンの変形もメカ好きとしてはワクワクしました。公式ガイドブックに変形の様子の絵があって良かったです。
月人との闘いの最中の明らかなビートセイバーオマージュのシーンも爽快感がありました。久しぶりにやりたくなりました。
ボーカロイドにはあまり詳しくないのですが、メルトとワールドイズマインは昔聴いたことがありました。他の曲は初見ではカバーなのか書き下ろしなのか分かりませんでした。あ、rayは普通に知ってました。知らない曲が多くてもこれだけ楽しめたので元々知ってる人、思い入れが深い人はより楽しめたんだろうなぁと想像できます。
オリジナルもカバーも曲の歌詞とシナリオがうまく繋がっている感じがしたので、聴き直してから2周目に臨みたいです。
個人的に気になっているところはかぐやが再び体を手に入れた後もヤチヨが並行して存在していることです。人格を分離したのでしょうか。公式ガイドブックを見ると最後のシーンに関して「仮想空間上の人格」として説明している記載があるので、ある種の最近のAIの様な今までの記憶をデータとして食わせたものを新たに作ったのかなと個人的には想像しています。mvの描写からあくまで元のかぐやから繋がっているヤチヨは体を手に入れてバックアップとしてのたけのこは富士山の山頂に埋めて今後彩葉と共に限られた命で生きることにしたのだと思います。
他に気になったのは最初にブレスレットが光ったシーンですね。何となく何らかの発言がトリガとなって発動した様にも見えました。見直して確認したいです。
そういえばmvの方の子供の頃の彩葉をかぐやが抱きしめている様なシーンはイメージ映像なんでしょうか。彩葉が幼い頃もにヤチヨとしては存在していて悩みを受け止めていたということなのか。vtuberとして悩みに答えていたシーンもあったので幼い頃にはまだvtuberとしても会っていない気がします。どちらかというと映画序盤のかぐやに会って幼い頃のトラウマが融解していった心理描写のイメージという位置付けの方がしっくりきます。
上のところまでは超かぐや姫!単体での感想に絞りました。他の作品を絡めた感想や雑感を下に書きます。あくまで連想したり思っただけで特に他意はないです。念のため。
ハルヒから深夜アニメに入った身としては、ちょっとSFな要素もありつつで好奇心が強くて破天荒なキャラに引っ張られる展開は思えば懐かしさもありつつ大好きな要素だったんだなと改めて気がつきました。
後は月人の雰囲気が宝石の国を思い出しました。
VR Chat、少ししか入ったことないですけど割とゆったり話してるシーンとかは現実のどこかで本当にありそうだなぁと思いながら見てました。
サマーウォーズとか竜とそばかすの姫もだいぶ昔に見ましたが、どちらも個人的に何だかストーリーでしっくりこないところがあった印象です。別に作品をけなしたい訳ではありません。私個人の印象の話です。特にサマーウォーズの雰囲気は素敵だと思います。
後はたぶんシンプルに私が好奇心が強いキャラが好きです。氷菓の千反田さんとかもめちゃくちゃかわいいですよね。好奇心や内発的な動機から来る信念で突き進むタイプに憧れというか共感というか良さを感じてなりません。
ただめんどくさい心理なのですが絶対にこちらを向いて媚びて欲しくないです。あくまで登場人物や作中の出来事で閉じていて欲しい。ご都合主義的な匂いがしすぎてしまうと急に冷めてしまうことに最近気がつきました。世界に入りたいのではなくてあくまで眺めていたい。ここは絶対です。自分で創作をする時もそうだと思います。
その点で超かぐや姫!は矢印がちゃんと作中で閉じていて話もおもしろくてすごく楽しめました。繰り返しになりますが私があくまでそう感じるという話で誰かの好みや感想等を否定する意図はありません。
この後、色々書いて倍くらいの文量になってたのが保存に失敗してダメージがでかい。あれはもう完全に再現できない。成仏してくれ…。
気力が戻ったら書きます。→追記:気合いで戻しました。
最初の出会いが子供の状態というのもポイントですよね。子供の頃は誰しも色んなことを吸収して無敵で好奇心のままに行動すると思います。好きだからやる、楽しいからそうする、誰かにやらされたり義務感からうまれるではなくて自発的な行動はワクワクしますよね。
思い通りにならなかったら駄々をこね、それでもうまくいかないことで世界と折り合いをつけて学んでいきます。彩葉はまだわがままを言っていい年齢にも関わらず頑張り屋の性格と能力があるために限界に近い状態だったと思います。そんな状態ではヤチヨのライブ以外にはなかなか楽しめることも少なかったと推測できます。友人から笑顔が少ないと心配される位には。
そんな中、幼い頃父と共に楽しんでいた音楽のことを思い出すシーンはこの映画に関してかなり象徴的な意味合いを含んでいる気がします。自由奔放なかぐやのポジティブな反応に背中を押されて、母のネガティブな言葉も頭をよぎりますが振り切って前に進んでいきます。
この作品で母を単純な悪役としていないところも好きですね。mvだと優しく抱きしめているシーンもありましたし。ノベライズだと電話の内容についても触れられていてなかなか強力な母の言葉も聴けるのでおすすめです。ちなみに京都生まれの京大卒らしいです。花火のシーンでのかぐやと彩葉の会話も印象的でした。
その後のライバーとしての活動シーンはvtuberというよりyoutuberっぽいと思いました。正確にはある一定の種類のvtuberに近い様に感じました。
ここで少し唐突なのですが敬称略で私のよく観るvtuberの遍歴の一部を書きます。おめシスから入ってぽこピーに繋がり、24から委員長や富士葵、ヘアピンまみれ、三珠さくまる等等観ている方々が増えていきました。多くで共通しているのは何かを作っている、生み出していること、バーチャルだけでなく現実にも繋がる企画をやられていることです。おめシスやぽこピーは被り物や着ぐるみの姿があります。特におめシスはかなり序盤の頃にお寿司を食べに行く企画の動画を出して当時としてはかなり珍しいと注目されていた記憶があります。ぽこピーのお2人は行動力が凄まじく最近の海外の動画や夢うつつも楽しみにしています。
話を戻すと超かぐや姫!のかぐやもペットボトルロケットを飛ばしたり、バーチャルに縛られない企画をやっていました。要は勝手に私が好きな部類のvtuberの方々に通じるものを感じて嬉しかったということが言いたかったです。知らない方からすると何を言っているのかという感じかもしれませんが伝わる方には伝わったら嬉しいです。
そういえばコミカライズを読んで気がつきましたが最初は彩葉が普通のエンドでいいと言っていたのですね。かぐやのハッピーエンドの印象は強かったですが、彩葉の方は映画と小説でさらっと流してしまっていました。物語のフェイクの終わりから完全にスタンスが逆転するのは良すぎますね。構造としてめちゃくちゃきれいです。
逆にいうとなぜあんなにハッピーエンドにこだわっていたかぐやが月人の向かえに対して素直に従ったのかが気になります。月人に掴まれた時にブレスレットが光ったか、ウィンドウが出てバグの様な描写があった気がします。月の住人がデータだとするならばそこのタイミングで修正パッチを流し込まれたという可能性があるのではないでしょうか。そもそも月人からしたら感情を持ったり地球に行きたいと思うことがバグであり、バグにより思わぬ進化を遂げることもあるからと見過ごしていたのを何かをトリガに帰還させる力が働いた様に思います。
トリガがブレスレット光ったシーンなのか…。一周では掴みきれなかったのでまた観てから考えます。仮にブレスレットからかぐやに思念を送れるのだとすると彩葉の歌がバグ≒感情をまた引き起こしたというのは納得できる部分もあるかもしれません。
追記:ブレスレットが光ったのはかぐやが結婚について言及したシーンでした。高畑勲監督のかぐや姫では帝に迫られてsosで月からの迎えが来る描写がありましたが、こちらは逆なのかもしれません。月人としては地球に行くことは許しても帰って来ずに永住するのはNGなのでしょうか。何でだろう。結果的には永住していますが。上の仮説の様にかぐやの感情バグを進化の過程と捉えるのであれば、持ち帰ってフィードバックが無ければ月人としてはかぐやを地球に送ったメリットがないためかもなと思いました。「帰った後に仕事を終わらせて〜」という話もありましたが、かぐやの感じたことや感情について感想文の様な詳細なレポートを書かされていたのではないかというところまで妄想しました。データとして取れてフィードバックができたから解放されて再び地球に行けることになったとか。
そういえば最初の月人の来訪に対してヤチヨはやたら強く、月人も敬意を払っている描写がありました。もしかしたら月のシステムにヤチヨの感情を上乗せしたのがツクヨミなのではなのかもしれません。
後は月での退屈な仕事というのが何かは気になりますね。機械学習のデータ作成のラベリングとかなんでしょうか。手動だったら大変そう。月人に掴まれて月での記憶が鮮明に戻ったのだとすると投げ出してきた仕事のことを思い出してケリをつけなければいけないと思った?タイムリープ前のかぐやの言動からはそんなに責任感があるタイプには思えませんが、月でのかぐやの描写は少ないので可能性は0ではないかもしれません。ただ思い返すと帰ってからお金を返したりと筋を通すところはあるのかも。月でのドット絵のゲームの様な演出からも月の住人は体を持たずにデータとして存在している様に思います。DOGEをサクッと作ってしまう様にプログラミングとも親和性がありそうです。
ドット絵のゲーム描写で思い出しましたが回想シーンで兄妹でレトロなシューティングゲームをプレイしているシーンがありました。父の趣味なんですかね。まぁでも今だとサブスク的に古いゲームも遊べたりするのでたまたまチョイスが古かったということなのか。それにしては渋い。舞台が少し未来の話だとすると幼少期に遊びたいソフトはもう少し新しいものの気はします。やはり父の趣味と考える方が個人的にはしっくりきました。
幼少期といえばmvでかぐやが幼少期の彩葉を抱きしめている様なシーンがありました。これは見落としや読み飛ばしがない限り時系列で考えて直接的に触れ合えて抱きしめることは難しいと思います。出会った直後から少しずつ母に対するトラウマがかぐやとの出会いによって弱まったという比喩表現なのなもしれません。精神的な幼少期の彩葉を癒したというか。もしくは本当の幼少期に、体はないものの何らかの手段で彩葉を癒していたという描写なのでしょうか。どうやら作中の設定で彩葉が生まれたのは2013年の様なのでインターネットは既に普及していたと思います。ただ父との作曲の後にヤチヨの曲がリリースされていないとフレーズの類似について疑問を持たないと考えられるので、個人的にはヤチヨのデビューはそれよりは後だと推測しています。現実でもvtuberが登場し始めたのはだいたい2020年頃でしょうか。
他にも霊体の様な形で街中を歩き回っている描写もあったので、技術が進んで来たら後半のFUSHIの様にARを介して観ると現実にいる様に見える様な行動ができる様になったのかもしれません。もしくは全てイメージ映像か。8000年前に戻った時の記憶を辿った時にも似た様な霊体の様な描写はあった様に思います。ただあれは個人的には彩葉が記憶を辿っているがゆえの演出で他の人からはFUSHIしか見えないと考えていました。もしかしたらヤチヨとしてはもしかしたらwifiの様な電波を介して擬似的に現実世界を観測したりできるのかもしれません。電線を通って電柱をゲーミングにして赤ちゃんになれる位のとんでもないテクノロジーが月にあるのであれば一度0に戻ってもヤチヨはそういったこともできるのかも。全て私の想像の範疇にすぎませんが、色々考えるのも面白いですね。
見ていて他に思った感想としては、わがままで振り回す感じのヒロインの出るアニメを久しぶりに観た様な気がしました。良くも悪くもコンプラというかクレヨンしんちゃんも下半身の前面を露出しないこの時代、気を遣って良い距離感の良い話が多いのではないでしょうか。というよりは私が大人になってしまってそういったアニメをよく観る様になっているのかもしれません。完全にギャグで振り回すのともただ無意味にわがままなのとも違ってとても絶妙なバランスを感じました。普段子供に接する機会がほぼないこともあり、良くも悪くも遠慮のない関係というのが何だか新鮮でした。おそらく大人同士の適切な距離の関係性ではなかなかうまく近づくことは難しく、それこそ自分の子供ができたりしたら向こうから否応なく甘えたりわがままを言ってきたりということもあるのかなぁと思いました。
芦花についても触れざるを得ません。公式ガイドブックの意味深な解説から彩葉のことを心から心配していたことが分かります。辛い気持ちもあったと思いますが10年経っても仲良くしているというのは救いかもしれません。
舞台の立川も行ったことがあったので身近に感じました。モノレールの雰囲気とか立川っぽいなと思ったら立川でした。レールガンも立川でしたっけ。
マンガの図書館みたいな施設があって何度か行きました。後はガルパンの最初の劇場版の極音上映とか君の名はとかも確か立川で観ました。最近めだとぼざろの後半も。あんまりその頃から中身が変わっていない気がします。
もはや作品の感想ではないのですが、何というか自分からこんなに文が出てくるとは思っていませんでした。それこそ中学生位の人生経験も浅く多感な時期であれば作品にのめり込んでずっとその作品のことを考えてしまうことは往々にしてあると思います。私はもう30を越えて数年経つのですが、枯れていなかったというか、感動できる心?が残っていたことが嬉しく感じられました。途中で似た様なことを書きましたが、歳を取るにつれて良くも悪くも手を抜いてしまったり新しいこともせずにつまらない日々を無為に過ごしてしまうケースも多いと思います。やはりそうではなく好奇心を持って色々新しいことを見たりやったりしていきたいなと思いました。
せっかくNetflixに契約したので超かぐや姫!をもう一周か何回か観たら他の作品も観てみます。
かなり雑多で長い文でしたが、読んでくださりありがとうございました。
20260208追記:絵を描きました。
